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最高裁判所第二小法廷 昭和51年(あ)1689号 決定

主文

本件上告を棄却する。

理由

弁護人原哲男の上告趣意のうち、憲法三一条違反をいう点は、実質は単なる法令違反の主張であり、その余は、量刑不当の主張であつて、刑訴法四〇五条の上告理由にあたらない。

なお、原判決が認定したところによると、被告人は、窃取した竹本享の自動車運転免許証に自己の写真を貼り替えて、あたかも被告人が自動車運転免許証の交付を受けた竹本享であるかのように作出して神奈川公安委員会作成名義の自動車運転免許証一通を偽造したうえ、これを交通取締の警察官に提示したところ、警察官は、直ちに右免許証表示の有効期間が三ケ月余経過していることに気付いたが、右免許証が真正に作成されたものであつて被告人が運転免許を受けたものであると誤信したまま、無免許運転の取調べに入つたというのであり、右事実によれば、本件偽造運転免許証は、表示の有効期間を三ケ月余経過した時点であつても、警察官をして自動車運転免許証自体は真正に作成されたものであつて、被告人が自動車運転免許を受けたものであると誤信させるに足りる外観を具備していたことが明らかであるから、右提示行為をもつて偽造公文書の行使にあたるとした原判断は正当である。

よつて、刑訴法四一四条、三八六条一項三号により、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(大塚喜一郎 岡原昌男 吉田豊 本林譲 栗本一夫)

弁護人原哲男の上告趣意

第一点 原判決には憲法三一条の違反があるので、原判決は破棄されなければならない。

1 原判決は刑法一五八条にいう「文書」の意義を不当に拡張して解釈している。

(一) 本件は自己の偽造した運転免許証を交通係警察官に対して呈示行使したという事案であるが、行使の日である昭和五〇年八月一八日には既にその三月ほど前に該免許証の有効期限が切れていたのである。しかも期限切れであることは該免許証の表面記載上明らかであつたし、呈示を受けた交通係警察官も期限切れであることを直ちに見破つてしまつたのであり、これら事実は原審においても、第一審においても正しく認定されているのである。にもかかわらず原判決は本件が偽造公文書行使罪に該るとしたのであるがその理由とするのは次の三点である。

① 本件免許証の呈示を受けた武尾巡査が有効期間の経過していることには気付いたが、免許証自体は真正に成立したものと誤信して、その理由による無免許運転の取調べに入つたのであるから、この限りで公文書の成立の真正が害されている。

② 文書内容における実質的有効・無効ということは偽造罪、行使罪の本質的な要素ではないから、文書全体としての外観、形式等から容易に一般人をして真正に成立した公文書であると認識させるほどのものではない場合に始めて本罪における文書性が否定される。

③ 以上の解釈は、運転免許証本来の効用のほか、一般の社会生活において、最も証明力の高い身分証明書的役割を果している実情にも適合する。

(二) しかし、これらの理由は次のとおりいずれも不当なものである。第一に武尾巡査が無免許運転の取調べをする際、いわゆる無免許運転(最初から免許証の交付を受けていないこと)の疑いではなく、有効期限切れの疑いで取調べに入つた点については、そのいずれの疑いによるかで取調べの方法や処理の仕方が若干異なるであろうことを承認しないわけではない。しかし、いずれにしろ無免許運転として道路交通法一一八条一項一号、六四条によつて処罰されるのであるから、この程度の差異が生ずることを理由に行使罪の成立を認めることは、行使罪の決定刑が重いことを考え合せると、極めて不当なものと言わなければならない。

第二に文書内容における実質的有効・無効との関係では、原判決理由中引用の控訴趣意からも明らかなように弁護人としても免許証が無効となつたから直ちに文書性を欠くに至つたと主張しているわけではない。外観上公共の信用を害するおそれがほとんどない状態になつたから「文書」性に欠けると主張しているのであるが、更に分析すれば、次のようになろう。

(イ) 原判決も文書全体としての外観、形式等から容易に一般人をして真正に成立した公文書であると認識させるほどのものでない場合(例えば偽造方法が稚拙極まるものである等の理由により)には、刑法一五八条にいう「文書」性が否定されることを認める(四頁四行目以下)のだが、本件のように行使の日の約三カ月も前の日で有効期間の切れたことが記載されている文書は原判決のいう文書性の否定される場合に該るというべきである。何故なら一般人にとつて一日、二日の相違はしばしば誤解しがちなものであるが、一カ月、二カ月という単位については容易に誤認するものではないし、また交通係の警察官も免許証の呈示を受けた場合には貼付された写真に次いで有効期限を確認することが常であるほど、有効期限の表示は免許証の表面記載の各文言のうち、重要なものであつて、免許証という公文書にとつて本質的要素ともいえる存在だからである。

(ロ) 刑法一五八条との関係では文書に二種類のものがあることを解釈の前提としなければならない。一は郵便貯金通帳のように公務所の名において一定の歴史的事実を公証し半永久的な効力を有するものであり、他は免許証、国鉄定期券のように一定期間を限つて効力の認められるものである。後者の場合には有効期間が経過して無効となると直ちに文書性が欠けるということはないにしても、一方半永久的に文書性があるというものでもないのである。

原判決は文書の真正な成立に対する公共の信用という場合の真正な「成立」という字句に惑わされてか、この点を見過して、一度でも真正に成立した文書を行使すればすべて行使罪になると判断しているのだが後者の場合に刑法一五八条の文書と言えるためには、真正に成立し、かつ真正に存続するものでなければならないのである。

(ハ) 本件の偽造は原判決にも詳細に認定されているように、入取した他人の免許証の写真を剥し自己の写真を貼りつけただけの単純なものであつて、文字・数字の改ざんなど全くないのであるから、本件免許証を偽造した当時の被告人としても該免許証に記載された期限まで自己の免許証として使用するつもりであつて、にもかゝわらず期限経過後の約三カ月目に行使したのは、その年の誕生日まで有効なものと誤解したからである(ちなみに誕生日まで有効とされるのは最近に発行されたものであつて本件免許証はそうではなかつた)。このような免許証は比喩的に言えば、刑法一五八条にいう文書としても解除条件的な生命を持つのみなのである。

(ニ) 偽造文書行使罪の保護法益は、原判決も述べているように、公文書の成立の真正に対する公共の信用であるから、同罪にいう文書たるには単に書面記載上の字句から判断するのみでなく、該書面の呈示される場所、相手方等の諸条件についても抽象的に類型化できる限り、これら諸条件をも加味して評価しなくてはならない。

してみると運転免許証の本来の効用からするならば、その呈示される相手方は交通係の警察官であり、呈示される場所は路上、派出所内であろう。従つて免許証に接する機会の多い判読のプロが判読に容易な場所で呈示を受けるのであるから、有効期限を読み違える可能性など皆無に近いものと言わなければならない。この点は改札係が混雑の中で瞬間的な呈示を受ける定期券と明確に区別して考えなければならない点である。

第三に、免許証の身分証明書的役割については、確かに原判決判示の如く免許証がその本来の効用のほか、さらに一般の社会生活において最も証明力の高い身分証明書的役割を果している実情であることを認めない訳ではない。しかし、運転免許証の本来の存在趣旨は免許証の所持人が一定の運転技術及び一定の運転ルールに関する知識を獲得しているものであることを公証することにあり、有効期間を設けているのは技術・知識の再確認等と視力等が運転に支障をきたすほど落ちていないかを確認するためであろう。

それが一般社会において身分証明書の役割を果たすに至つたとしても、民事訴訟においては、かような現状は解釈の前提とすることが適当としても、刑事法の領域とくに行使罪のような重罪の分野で、かくも簡単に拡張して解釈することが許されるものであろうか。特に、最近では免許証が身分証明書がわりに使用されることの多い現状に鑑みてか、カラー写真印刷版の偽造の全く困難な免許証が作られるようになつているが、本件免許証はそれ以前に用いられていた写真貼付け式のものであつた(原判決判示三頁九行目参照)。この点の相違を無視して前記のような解釈を示した原判決は被告人に必要以上の不利益を課すものである。

また処罰の必要性という実質的側面から見ても本件行使の事実については公文書偽造罪と道路交通法一一八条一項一号、六四条によつて充分にカバーされると考えられる。

2 以上のように原判決は不必要な論述と不当な拡張解釈によつて、本来なら無罪とされるべき偽造公文書行使罪につき有罪とし、弁護人が控訴趣意で引用した同種事案におけるリーディングケースたる判例(長崎地裁佐世保支部判決昭和三三年七月一八日宣告・第一審刑事裁判例集一巻七号一〇六八頁)をも不当に退けたものである。

このように本来なら無罪とされるべきものが有罪とされ、かつ自由が拘束に転ずる結果を招来する場合には、法令違反も単なる法令違反にとどまらず、とりもなおさず憲法三一条に違反するものであると解するのが相当であり、結局原判決は破棄を免れないものと考えられる。

第二点 〈省略〉

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